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2014年06月21日

お釈迦様の姿

お釈迦様の姿と言えば、どんな格好を思い浮かべられるでしょうか?


お太子さんなどに行きますと入滅時の横たわった涅槃像が目につきます。
見たことはないのですが、お生まれになった時の天上天下唯我独尊を唱えられた時は、上半身裸で天と地を指すポーズの様です。


また、釈迦如来像は法隆寺が有名ですが、鎌倉の大仏さんを引き合いに出すまでもなく阿弥陀如来のイメージです。
尤も阿弥陀様は現実の仏様ではなかったので、あくまでイメージの姿ではありますが・・。

syaka.jpg

そんな中、奈良の国立博物館には出山釈迦如来立像があります。
14世紀の南朝時代のものだと言われます。


この立像は山を下りるときの人間ブッダの姿であり、修行者として苦行の生活を送られたのですが、単に苦行だけでは悟りが得られないとして山林を出るときのものです。
ですから、あばら骨が出て弱弱しそうな格好です。


しかし、逆にお釈迦さまも挫折や変転があったという人間としての弱さを持っておられたところに親近感を持つものです。


余り立派な姿ばかりでは、とても近寄りにくいものですが、ボロボロになって苦労し、そこから這い上がって悟りを開いた、或いは悟りを開くための過程が苦行という試行錯誤であったというところに人としての現実味を覚えるところです。

syakaritu.jpg

色々なことを経験してみるのは、決して悪いことではないし無駄にもならない、いや無駄にしないことが大事だと感じるのです。


そのお釈迦様の教えの片隅にも数珠があります。

ある国の王様が、我が国は、貧弱で五穀実らず、常に戦乱があり、しかも悪病流行して国を治めることが困難で大変忙しくしております。政治を執りつつも仏の道を修行して行きたいのですが、どうしたら良いでしょうか?と聞かれました。


するとお釈迦様は、
「それは難しいことはない。無患樹(むくろじゅ)の実を百八個糸でつないで輪を作り、それをいつも身から離さず隙あるごとに、心から南無阿弥陀仏を称えれば、心は静まり、煩いをのぞき、人々の心も安楽になり、国家も安泰になるでしょう」と仰せになりました。


これを聞かれた王様は、非常に喜ばれ、早速無患樹の実を沢山集めさせ、千の数珠を作らせ、親戚や家来にも持たせ、王様自身はいつも手から離さず、心より、南無阿弥陀仏を称えられたといいます。


私たち人間は、ある意味でとても弱い心を持っています。
だから何かよりどころが欲しいのです


そのよりどころには色々なものがあると思いますが、108の煩悩に通じる数珠は将にピッタリのモノかもしれません。


数珠を手にした時に感じる心の平穏が、それを物語ってくれていると思います・・。


ラベル:お釈迦様
posted by yasuucare at 10:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 数珠 意味 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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