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2014年06月17日

百八個の数珠玉

百八個の数珠玉について、ひろさちやという哲学教授が百八の煩悩を現しているのではないと言っています。
それは、ヒンズー教から来たもので、ヒンズー教のシヴァ神の名前を唱えていく時に、何回唱えたか数える道具だといいます。


シヴァ神には百八の異名があるのです。
黒き者とか、虎の皮をつけた者とか言う名前が百八あるそうです。
その名前を一つ一つ唱えながらシヴァ神の像を頭に浮かべると、シヴァ神と一体化できるという信仰です。


日本でも数珠は数えるものという役割については同じですが、その数は煩悩であったりお経の数であったりと転化しています。


私たち一般人は、神様や仏様の像を思い浮かべることは出来にくいものです。
法然上人が、仏の像を観念することが出来なくてもかまわない、南無阿弥陀仏と口で唱えるだけでいいと言ってくれたので救われているのです。


ところで、その昔平安貴族は大変だったようです。
というのは、当時に三千仏と言って仏様が三千体もあったのです。
その名前を覚えて全部唱えねばならなかったのです。
間違えたら大変なので三千の名前を正確に唱えなければなかったようです。


そして、年末には仏名会を行って自分がやった悪いことや間違ったことを仏さんにお詫びする法会でした。


三千の仏様に許してもらうのが大変だったので、プロの坊さんに頼んで我が家の仏名会に来て下さいとなった様です。
だから、お坊さんも12月は忙しくて走りだしたようで、これが師走の由来だとか・・。


数珠の数から飛躍してしまいましたが、仏様の名前を唱えるための道具が数珠というのは納得できるものです。


もしも今の時代に平安時代の仏名会があれば、今の政治家は、やった悪いことを詫びるのに12月だけでは足りないのではと感じた次第です。
煩悩も百八では済まないでしょう。
仏教の心が政治に浸透すれば、もう少し日本も良くなるかもしれませんね・・。










ラベル:数珠玉 百八個
posted by yasuucare at 17:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 数珠 意味 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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