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2014年05月13日

浄土真宗 数珠

浄土真宗の数珠は、数取りができないように、房が「蓮如結び」になっています。
浄土真宗は親鸞による煩脳具足そのままで救われる教えなので、数珠を繰ることによって煩脳の火を消す必要がないからということです。


ところで、我が家は浄土真宗の大谷派に属します。
大谷派というよりもお東さんという方が馴染みが深くよく理解される感じです。


浄土真宗は、いわゆるお西さんとしての本願寺派と、お東さんとしての大谷派に分かれているのです。
ただし、時の為政者の都合で分裂しただけなので、基本的に大きな差はありません。


まあ、敢えて言うならば本願寺派中興の祖、蓮如上人の五帖御文の呼び方が本願寺派は「御文章(ごぶんしょう)」といい、大谷派が「御文(おふみ)」ということでしょうか。


そして日常の勤行で読まれる「正信念仏偈」の節回しを聞いていれば微妙に違います。
特に南無阿弥陀仏のところが違う感じです。
「南無阿弥陀仏」が本願寺派では「なもあみだぶつ」に対して大谷派では「なむあみだぶつ」と唱えます。


詳しくは分かりませんが焼香の回数が本願寺派は1回、大谷派は2回と言われます。
しかし、改めて回数を教えてもらったことがありません。
また、お仏壇の様式も多少違うと思います。


どうしてこうなったのかと言えば、信長の時代に遡ります。
信長は一向宗を嫌いせん滅を図りました。
いわゆる石山合戦です。
当時、石山本願寺は今の大阪城の場所にあった様ですが、信長に破れて石山本願寺を追われました。


しかし、時代が変わって次の秀吉の代になると、京都の烏丸で再興を許されました。
これが本願寺派の西本願寺です。


その次の家康の代には、本願寺内で分裂が起きていたので本願寺のある土地のすぐ東に土地を分け与えられ教如を門主として真宗大谷派が始まったのです。
これが東本願寺です。
京都駅のすぐ北に、ともに立派な寺院がありますが、それが東本願寺と西本願寺です。


ただ、浄土真宗そのものの教えに大きな差がありませんのでお西さん、お東さんと呼び合って特に確執があるわけでもありません。

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キリスト教徒の分派の争いとかイスラム教徒の中の争いなどと比べれば、浄土真宗の東西の差など無いに等しい感じですし、仏教そのものでも多くの宗派がありますが殺し合いなどは考えられません。


欧米の肉食系とアジアの草食系の差なのかもしれませんが、宗派でいがみ合うなんて偉大な宗教を起こした創始者に申し訳ない感じです。
その点、日本に生まれて良かったと思いますが、果たして大人しいだけの宗教でいいのでしょうか・・?


それでもやはり、数珠を片手に南無阿弥陀仏で救われるという教えは尊いものだと思います!

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ラベル:数珠 浄土真宗 
posted by yasuucare at 22:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 浄土真宗 数珠 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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